小さな革命
野球。
今ではセイバーメトリクスによって、選手の能力や成績を細かく分析し、戦略に活かすことが当たり前になった。
数値化できるものが増えた。
けれど、どうしても数値化できないものもある。
例えばチームが連敗している時、誰もが沈んだ顔をしている中で、
「っしゃあ!こっから挽回だ。まだ終わったわけじゃねえぞ!」
と最初に声を出せる人。
空気に飲まれそうな自分に抗って、あえて前を向く人。
こういう力は数字にならない。
けれど、チームにとっては驚くほど大きい。
でも、その人がいるだけでは足りない。
同じくらいに大事なのは、その声に応える人がいるかどうかだ。
「そうだな……よし。ッシャア!いくぞ!」
と続く人。
最初の一人に触発され、自分も空気を変える側に回ろうとする人。
実は、こちらもなかなか現れない。
人は流れに乗るほうが楽だ。
沈んだ空気なら沈んだ空気に。
盛り上がった空気なら盛り上がった空気に。
だから口火を切る人は目立つけれど、その後に続く人も同じくらい貴重なのだと思う。
そうすることで、「犠牲」というと言葉が大きいけど、そのリスクを恐れず一歩を踏み出した人も、少し救われるのだから。
日常にも似た場面はある。
重たい話題の後の沈黙を破る人。
士気が下がった現場で、自分の言葉で場を立て直そうとする人。
そして思い切ってそれに続く人。
そうした行動は、あまり評価されづらい。
むしろ多くは、誰にも評価されずに終わることも多い小さな犠牲を伴った試みだ。
そういう人たちを覚えていたい。
空気に流されるほうが簡単なのに、あえてポジティブな方向へ向かうために逆らおうとした人たち。
だから誰かが口火を切った時は、自分もフォロワーでありたいと思う。
一人では空振りに終わるかもしれない。
でも二人になれば空気は少し動く。
三人、四人と続けば、その輪に加わる負担はどんどん小さくなる。
社会は、目立つ先頭の一人だけで動いているわけではない。
その声に応える人たちによって動いている。
プロジェクトでも、ライブでも、仕事でも同じだ。
空気を良くしようとする人がいる。
士気を保とうとする人がいる。
その働きはクレジットに載らないし、成果として記録されることも少ない。
けれど僕は、そういう人たちにいつも大きな感謝を持っているし、記憶する。