あいつが浮かぶ
あの時期がやってくるか。
もう虫の声が聞こえてる。夏になると思い出す虫がいる。
ハンミョウって虫だ。
ちょっと変わった名前の、綺麗なタマムシ色の羽を持つ虫。
懐かしい人もいるだろう。友達の子供は「それ、何」だったりもする。
漢字で書くと「斑猫」となる。猫のように素早いって由来だそうだが、金属製のおもちゃみたいにピカピカと光ってる。
小学生のころは近くの公園なんかを歩くと、このハンミョウにちょくちょく出くわした。すっと目の前を横切って、少し先の道の上でじっと止まり、こちらが近づくと、またちょっと先に飛んでいく。それを何度か繰り返す。
まるで、「ついてきなよ」とでも言うように。
実際にそう呼ばれてるらしい。「道しるべ虫」って。
ちょっと詩的だ。どこかホラーっぽくもあるけど。
でも最近は、あまり見かけなくなった。東京の中でも割と都心の方に住んでるってのもある。でも福岡の自分が住んでた街に時々帰るけど、その時も結局見ないかな。
もうちょっと離れたらいいのかな。
令和の日本だってのに、福岡市はなんだか元気な街だ。最も人口増加の多い街でもある。
「天神ビックバンだー」なんていって、もう見る見る変わっていく。中心都市がそうなれば、その周りも活気づく。そうなりゃ僕の知ってる店もすっかりなくなっていく。
寂しいかっていうと、まあ元気であるならいいんじゃないかなという感じ。
それより不思議なのは、そこまで緑は減ってない気がするのに、ハンミョウって見なくなっちゃったなってこと。
彼らの居場所は、どこかに吸い込まれてしまったらしい。
時々思う。本当に見たっけな?なんて 笑
いや見たよな。
あるいは僕の記憶の中で勝手にキラキラと光っていただけの、物語の断片だったんじゃないかな。
でもやっぱり少し先で待っている、あの小さくまばゆい背中を思い出す。
また見たいな。あのキラッとしたやつ。
人はみんな、あの虫のようなものを胸にひとつ持っているんじゃないかと思う。
それは姿を変えて、ただ少し先で待っている。
一歩踏み出すたびに、また少しだけ先へ進んでいく。
ついていきたくなる光るもの。
もしキラッと光る何かを見かけたら、そっとついて行ってごらん。
そこに何か、大事なことが隠れているかもしれない。
そういうことを教えてくれた虫なのかもな。
まあ、やっぱり僕は都会っ子だと思う。
「ハンミョウなんてこっちではうんと見るよ」って人もいるだろう。
でもそんな僕があの頃に見たあのキラッって輝きは、見た時期も、見れなくなった期間も含め、総合的に僕の中でやっぱり良いものになっている。